ライバル対談

お客さま×アプリラボ

月刊 飲食店経営 2022年5月号掲載

コロナ禍で考えるDXの在り方
2人のIT経営者が考えるモバイルオーダーの可能性

コロナ禍になって以降、飲食業界ではDXの推進が加速している。多くの飲食店が予約台帳や配膳ロボット、自動発注ツールなどを導入し、業界を挙げて次世代を見据えた組織づくりが進む。そもそもDXとはDigital Transformationの略で、データとデジタル技術を活用しながら事業やビジネスモデルを変革させて競争上の優位性を確立させるという意味を持つ。しかし、アナログデータのデジタル化を指す「デジタイゼーション」や、業務プロセスをデジタル化する「デジタライゼーション」と言葉が似ているため、その意味を誤解している人も多い。それはモバイルオーダーに関しても同じだ。お客のスマートフォンやタブレットから商品の注文・決済を行えるモバイルオーダーだが、その表面上の特徴だけを見て、顧客との接点をなくすツールだと思われてしまうケースが目立つ。しかし、もちろんツールのベネフィットはそこにはない。それでは一体、モバイルオーダーを導入するメリットはどこにあり、どのように現場を変えていくのだろうか。
そこで今回、モバイルオーダーの可能性を探るため、株式会社アプリラボ代表取締役の菅野壮紀氏と、株式会社dinii代表取締役社長の山田真央氏に対談を行ってもらった。アプリラボは「K1くん ゲストオーダー」で、diniiは「ダイニー」というサービスでモバイルオーダーを提供している。いわば両社はライバル同士だ。そんな利害関係を超えて行われた熱い対談を通して、コロナ禍での飲食店のDXの在り方を考えていきたい。
(聞き手、文/三輪大輔、写真/小野瑞希)

モバイルオーダーの本質

山田真央氏

― コロナ禍になって以降、モバイルオーダーの需要が伸びています。ただ使いこなせている飲食店がまだ少ないのも事実です。ベンダーと飲食店の間にも大きな認識の差があるのではないでしょうか。モバイルオーダーを取り巻く環境を、お二人はどのように捉えていますか。

菅野壮紀氏(以下:菅野)私たちの伝え方にも問題がありますが、モバイルオーダーの本質を掴めないまま使っているお店は多いとは感じています。モバイルオーダーを導入して、シフトの人数を削ることを目標にしている店舗も少なくありません。流通や小売なら、そうした活用方法もありでしょう。しかし、飲食店はエンターテイメント産業です。それを成り立たせているのは、各店舗で頑張っているスタッフさんに他なりません。そこを削ってしまうことが本当に店のためになるのか、しっかりと考える必要はあるでしょう。

山田真央氏(以下:山田)サプライヤー側からの視点で見ると、モバイルオーダーのニーズの高まりを受けて「儲かりそうだからうちもやろう」と参入する企業が増えていると感じています。今、モバイルオーダーを提供する企業は50社以上あるのではないでしょうか。飲食店に細かな違いは分からないだろうと、甘い考えで参入している企業も残念ながら目立ちます。現在、ただでさえ飲食業界は苦境に立たされているのに、こうしたプレイヤーからも身を守らなければなりません。それがモバイルオーダーに対するアレルギーにつながってしまうのではないかと危惧しています。

菅野僕もそれを感じます。実を言うと、10年ほど前、タブレット型のPOSレジで同じことが起きました。そもそも飲食業界は個人店が多いので、サービスを導入してもらいやすいという事情があります。そこも狙ってITは得意としているけれど、飲食業界については何も知らない企業が続々と参入してきました。当時の展示会は、有象無象のPOSレジのベンダーで溢れていました(笑)。

山田そんなことがあったんですね。10年前は、まだ高校生だったので知りませんでした。

― いわば過渡期で、業界が混乱している最中だということですね。その中でも、モバイルオーダーを導入する価値はどこにあると考えていますか。

山田僕らは人件費が削減されたり、客単価がアップしたりするメリットは、正直、副次的なものに過ぎません。モバイルオーダーの本質的な価値は、来店されたお客様がオンライン化するところにあると思っています。オンラインで飲食店とお客様がつながるのは、史上初だといってもいいのではないでしょうか。
これまで飲食業界は自社のアプリを使って、お客様とつながってコミュニケーションを取ろうとしてきました。しかし、アプリだとどうしてもダウンロードをしなければなりません。その手間を嫌う人が多かったので、なかなか浸透しなかったという歴史があります。
僕たちが提供している「ダイニー」なら、自動的にお客様がオンライン化されます。その結果、お客様の情報がどんどんと溜まっていくので、それぞれのお客様によって好みのドリンクをお薦めしたり、キャンペーンのお知らせを送ったりすることも不可能ではありません。
IT業界では、こうしたアプローチは昔から常識でした。例えば、Amazonのトップ画面は、ユーザーの購入履歴などを反映して最適化されています。モバイルオーダーの登場で、そうした世界観が飲食業界でも実現できるようになるのではないかと感じています。

― これまで飲食店は、お客を卓で管理していました。モバイルオーダーの登場で、個人で管理できるようになるということですね。

山田はい、その通りです。お客様を個人で管理できるようになったので、モバイルオーダーがリピーターづくりの強力な武器になります。飲食店側からアプローチを取って、収益を上げる戦い方もしやすくなるでしょう。

― 菅野さんは、いかがでしょうか。

菅野山田さんと完全に考えが一致するところと、真逆のところがあります。
まず完全に一致するところでいうと、お客様がお店独自のアプリをダウンロードしないということです。それを踏まえて、当社のモバイルオーダーはアプリではなくWEBにして、限りなく利用に対するハードルを下げています。 一方で、真逆なところが、顧客のオンライン化です。当社ではモバイルオーダーをファン化するためのツールとして使ってもらいたいと考えています。そもそもお皿を洗いたくて飲食業界を目指す人はいません。多くの人がサービスや料理がやりたくて飲食店で働いています。しかし、それ以外の業務が多過ぎて、やりたい仕事に集中できないのが現実です。だからこそ、皿を洗う作業などは機械に任せて、業務負担が減った分、本来の仕事に集中してもらいたいと思っています。
とはいえ、モバイルオーダーはオーダーテイクという本来は店側がやるべき仕事を、お客様にお願いしているという側面があります。ですので、言い換えるのなら、お客様と一緒に店を盛り上げていく感覚でしょうか。「あの店は自分が育てた」という思い入れをお客様に持ってもらいながら一見さんからリピーター、常連、そしてファンになってもらいたいと考えています。

それぞれのサービスについて

菅野壮紀氏

― モバイルオーダーがリピーターづくりに役に立つという点は、共通認識なのですね。それでは具体的に、どのような機能でファンづくりができるのか教えてください。

山田ダイニーでは、モバイルオーダーを立ち上げるためにお客様がQRコードを読み込むと、自動的に顧客情報を取得できます。それを通して、誰が何回来店していて、普段どんなメニューをオーダーしているのかはもちろん、全体のリピート率まで割り出すことが可能です。例えば、2回目の来店までに平均46日間あるのなら、その10日前にDMを送って2回目のリピート率をさらに上げることも不可能ではありません。
また、ダイニーを利用すると、お店の「LINE公式アカウント」に自動的に友だち追加されます。それを活用すると、ビール好きの人にはビールのクーポン、常連様には特別なクーポンなど、属性に応じて効果的な施策を打てるので、さらにリピーターを増やすこともできるでしょう。
そうした顧客情報はスタッフのハンディにも表示されるため、「この前の日本酒はいかがでしたか。今日、新しい日本酒が入荷されたので、ぜひ試してください」といったアプローチもできます。テクノロジーを活用してサービスを下支えすることで、月を追うごとにリピーターを増やしている飲食店も少なくありません。

― ダイニーは、リピートにつながる効果的なポイントが可視化されるのが強みなのですね。それを受けて、K1くんSelfはどうですか。

菅野当社では業界の進化のスピードと、システムで実現可能なことのバランスに細心の注意を払っています。サービスとテクノロジーの融合がまだまだ進んでいない中、あまり便利になり過ぎても、逆に使いづらくなってしまう面もあるのではないでしょうか。顧客情報の取得は、予約台帳サービスの「トレタ」や「ebica」などと連携しているので貯めることはできます。ただ、それを自動で表示させるのは、まだ早いのではないかと考えています。どういったサービスが必要かという基準は、時代はもちろん、エリアや客単価でも変わってくるでしょう。だからこそ、いろいろな飲食店を日々周りながら、その実態を掴んでサービスに落とし込んでいます。
ですので、K1くん ゲストオーダーの根本的な思想を言葉にするなら、「スタッフがやりたい仕事をできるようにサポートする」ことです。それを発揮してもらうことが、飲食店の魅力づくりになると思っています。

― せっかくの機会なので、それぞれお互いのサービスをどのように思っているのか教えてください。

山田K1くん ゲストオーダーのすごいところは、飲食店のメニュー表の世界観を、そのままWEB上で再現されていることです。メニュー表は、飲食店とお客様の最初のタッチポイントなので、お店側も並々ならぬ思い入れをこめてメニュー表をつくっています。その思いをしっかりと汲み取って、再現されているのが素敵だと感じています。

菅野ありがとうございます。当社ではメニューブックをタッチしたら、そのままオーダーができる仕組みにしています。取り込むのは手書きのメニューでも構いません。理想として、酔っ払っていてもオーダーできるサービスを目指しています。社内のテストも、社員に一杯飲んでもらってからテストをしました(笑)。そもそも居酒屋では、ほとんど酔った状態でしか、モバイルオーダーには触れませんから。
加えて、ITに対するリテラシーが低くても、メニューのカスタマイズが簡単にできる仕様にしています。キーボードを使わずに、いかに直感的に操作できるかという点にこだわりました。当社はモバイルオーダーでは後発です。その理由が、もっと簡単に、もっと飲食店に寄り添ってと作り込んでいるうちに遅くなってしまいました。

― 逆に、ダイニーに関してはどうでしょうか。

菅野モバイルオーダーでデータを取るという点に関しては、かなわないと感じます。お客様の情報を集めて、データに基づいた経営をしようと思うのならダイニーが最適ではないでしょうか。

山田そういっていただけてうれしく感じます。皆が使い慣れているツールを活用して、データ取得することに力をいれたのでなおさらです。

菅野当社は、「めっちゃすごいパートナーになる」というビジョンを掲げています。だからこそ、創業以来、最先端の技術を追いかけるというよりも、飲食店が求めているものを実現することに力を入れてきました。もちろん実現しようと思えば、搭載できる機能もたくさんあります。しかし、それが飲食店にとってベストかどうかを考えて、便利であってもオペレーションの邪魔になるのであれば搭載をしません。一緒に成長をしていける関係性を大切にしているので、カスタマーサクセスの面では負けられないと感じています。当社は24時間365日、自社の社員がお客様から問い合わせに対応しているくらいですから。そんな企業は、そうないでしょう。飲食店にとっても、顔馴染みの社員が対応する方が安心できると思っています。

― 飲食店の現場では、何かトラブルが起こったとき、常に目の前にお客がいます。だからこそ焦りも大きいので、しっかりと社員の人が対応してくれるのは心強いですね。

菅野僕らがスケープゴートになればいいと思っています。現場では、そのトラブルが解決可能なのかどうか判断はできません。だけど、「アプリラボが無理だといっています」と分かれば、皆が納得できるでしょう。日頃のコミュニケーションで信頼関係が築けていたら、何かあったときの連絡もスムーズにできて、こちらの答えにも納得していただきやすいです。一緒に成長をしていける関係性を築く上でも大切なことなので、今後も大切にしていきたい文化だと考えています。

― ここまでダイニーの強みもいろいろと伺ってきました。その中で、山田さんはダイニーの一番の強みはどこにあると考えていますか。

山田来店されるお客様に寄り添っていきたいという思いにこそ、僕らの強みが詰め込まれていると考えています。
世の中で一度も飲食店を利用したことがない人は、恐らくいないのではないでしょうか。友人と一緒に他愛もない話をしたり、好きな人と行って距離が近くなったりと、誰もが飲食店を通して文化的な営みを、何かしらしたことがあるはずです。そうした飲食業界ならではの価値を、テクノロジーを活用することでさらに深めていけるのではないかと考えています。
例えば、串カツ田中の「チンチロリン」を、仲間とやるとかなり盛り上がります。そうしたエンターテインメント性をテクノロジーでもつくれたら、さらに仲間との距離は縮まるでしょう。ダイニーを通して、カラオケやボーリングのような全国オンライン対戦を実現し、ハイボールを一番飲んだ人が優勝といったイベントを行うことも不可能ではありません。飲食店は文化を支えるインフラです。だからこそ、文化交流を円滑にするのはもちろん、さらに活発できるようなエンタメ機能をどんどんと搭載していきたいと思っています。

飲食業界のDXの推進

― コロナ禍で、飲食業界でDXが一種のブームのようになっています。そうした状況について。お二人はどのようにお考えですか。

山田DXの推進自体は、好ましい動きだと思います。だけど、少なからず憤りを感じる点があるのも事実です。DXについてあまりよく分からないけれど、時代の流れだから推進しないといけないと考えている飲食経営者は多くいらっしゃいます。一方で、そこに付け込んで、飲食店を食い物にしようとしているベンダーもたくさんいます。その結果、いろいろなシステムを導入してしまい、中には不必要なものにお金を支払ってしまっている飲食店も少なくありません。
IT業界ではCTOと呼ばれるポジションがあるのが当たり前です。飲食業界でも、それと同等のスキルを持った人が必要だと感じます。会社の経営はもちろん、システムや会計など広範な知識を持っていないと、DXをどう推進していくかの全体像は描けません。そうした人材が外食業界に飛び込んでくる流れをつくっていくことが必要だと感じています。

菅野飲食業界とIT業界は、視点が真逆のところがありますよね。飲食業界の人は客数×客単価が売上と考えますが、IT業界の人は売上÷客数が客単価と考えます。どういうことかというと飲食店は未来を見ていて、IT業界は過去から考えるということです。こうした特性を理解していないと、ボタンが掛け違ったままで話をしても分かり合うことができません。だからこそ、両方に詳しい人がいないと、DXの推進は難しいのではないかと思います。
とはいえ、飲食業界の人がIT業界に転職するのは、働き方や環境、文化が変わりすぎるのできついでしょう。だけど、IT業界の人が飲食業界へ転職する流れをつくるならば、業界の給料体系を変えないといけません。それはそれでかなり高いハードルがあります。となると、現実的なのが、一緒に伴走してくれるパートナーをベンダーから見つけることだと思います。

山田その話は共感しかないです。
「TOKYO MIX CURRY」の渡辺さん(株式会社FOODCODE取締役 渡辺雅之氏)はDeNAの共同創業者ですし、「KITASANDO COFFEE」の松本さん(株式会社カンカク代表取締役 松本龍祐氏)は元メルペイの取締役CPOです。テクノロジーで何千万人の顔の見えないユーザーを相手にしたビジネスを突き詰めた後は、目の前の一人のお客様を大切にしたビジネスがしたくなるのかもしれません。そうした流れも、どんどん進んでいくとうれしいなと思っています。

菅野既存の外食企業のナンバー2くらいで、会社を支えるポジションについてくれる人が入ってきたら、もっとインパクトの大きな変化が起きますよね。

― そうした現実を踏まえて、今後、飲食業界はどのようにDXを進めていくべきだと思いますか。ぜひお考えを教えてください。

山田まずは何を解決したいのか、何を実現したいのかを明確にすることが必要だと思います。そもそもモバイルオーダー単体で導入しても、あまり意味はありません。全てのシステムが連動しているので、ビジョンから逆算して考える人がいないと、スムーズな導入は実現しづらいでしょう。そのための人材がネックなのですが、僕でよければ無料でCTOをしますけど(笑)。

菅野ははは(笑)。

山田それくらい飲食業界が良くなるために、精一杯取り組んでいきたいと覚悟を決めています。

菅野飲食店の業務を細かく分けて、何がやりたくて、何をしたくないのかを整理することも効果的だと思います。例えば、入店案内に力を入れているのなら、それはシステムに置き変えることができません。だけど逆に、入店案内はそれほど力を入れなくてもいいのなら、入り口にタブレットを置いて案内してもらう方法を取ればいいでしょう。
何をしたくないかを決めた上で、それを置換するシステムを探す方法が、スムーズにDXの推進ができる可能性はあります。システムが安いからと、いいサービスだからといった理由で、テクノロジーを導入すると、かならずブレが生じてしまうので、注意しなければなりません。

― ありがとうございます。今日は、飲食業界のDX推進について、示唆に富むお話をお伺いできました。最後に、それぞれに今後の抱負をお伺いしてもよろしいでしょうか。

山田現在、飲食業界はたいへん苦しい状況に置かれていますが、近い将来、また繁栄の道が開かれると確信しています。それがいつかというと、テクノロジーが進展し、人があくせく働かなくてもよくなったときです。
16世紀の絶対王政の時代や、古代ローマ時代は奴隷に働かせることで、一部の富裕層が働かない生活をしていました。そのとき彼らが何をしていたかというと、日常のエンタメである飲食店でぜいのかぎりを尽くしています。テクノロジーが発達して、再び、そうした時代が訪れたとき、やはり人は飲食店での時間を存分に楽しむようになるでしょう。
そうした未来を信じて、ぜひ今を乗り越えてほしいです。僕らも飲食店のため、それを利用する消費者のためにも、より良いサービスを開発していきたいと考えています。

菅野僕も飲食業界はなくならないと思っています。ドラえもんの「どこでもドア」ができたら車が売れなくなるかと言ったら、そうはならないでしょう。車自体がエンタメなので、過程を楽しむ行為は残ります。飲食も同じです。科学が進化しているので、栄養を摂取するだけならいろいろな方法があります。それでも飲食店に需要があるのは、皆、誰かと食べて、飲んで、話をしたいからです。
当社としては10年後、20年後のビジョンは描いていません。そうではなく2、3年先の未来を思い描いて、業界に求められているサービスを常に提供し続けたいと考えています。その中で、業界の発展に貢献していくことができたらうれしいですね。