月刊 飲食店経営 2023年10月号掲載
菅野壮紀氏(以下:菅野)中村さんと初めてお会いしたのは、2014年に東京コンファレンスセンター・品川で行われた「トレタ・サミット」だったと思います。当時、当社のお取引様からから「トレタ・サミット」を紹介されて、すぐに参加を決めましたが、「一企業がそんなことできるのか!」とかなり驚きました。そこで、ただの予約台帳サービスを提供している会社ではなく、思いのある会社と感じたのを覚えています。
中村仁氏(以下:中村)ここ最近、外食業界でもDX推進が加速していて、さまざまな集まりも増えています。その中で、お互いにお会いする機会が増えていった印象ですよね。酒の入ってない場で話すのは初めてかもしれません(笑)。
菅野中村さんが、アプリラボのことを知ったのは、いつ頃なのですか?
中村アプリラボが提供されている「K1くん」と、当社の「トレタ予約台帳」が連携をしたのが18年です。正直にいうと、そのときにやりとりをして、初めて知りました。
当社はPOSレジのベンダーとは、全て連携をしたいと考えています。とはいえ、僕らだけが「連携をしたい」と思っていても駄目です。先方も「トレタ予約台帳」と連携するメリットを感じていないと意味がありません。その上で、連携に意味を見いだしてくれるベンダーに関しては全て連携をするようにして、現在、11社と連携しています。
菅野実は、モバイルオーダーという分野では御社とうちは競合ですが、モバイルオーダーの開発に至る背景が異なっています。
うちは、メインはFL管理など店舗の内側の数字の管理を行うK1くんです。その一環でPOSレジを手掛け、さらにモバイルオーダーを開発しました。メニューを撮影して埋めるだけでなく、紙のメニュー見ている感覚でオーダーできるというコンセプトでつくっています。メニューは、各店舗でこだわってつくっているものですが、その思いをくみ取れるモバイルオーダーはあまりありませんでした。そこで当社のサービスでは、紙のメニューの世界観を、デジタルでも再現できるようにしたのです。いわば店舗の視点に立って開発したサービスといえるかもしれません。
中村僕らは、予約業務という観点からモバイルオーダーに参入しました。予約は、お客様の外食体験やお店のオペレーションでいくと、来店前の段階です。当社はそこを主戦場に、トレタ予約台帳というサービスを通して価値を提供しています。
しかし、予約管理の先も手掛けてこそ、顧客体験の価値を向上させることができます。そこでいくつかの企業様とタッグを組みながら、「トレタO/X」というモバイルオーダーのサービスを開発しました。ですので、当社は顧客目線でつくったシステムなので、K1くんとは真逆の入り方ですね。
菅野モバイルオーダーは、コロナ禍で一気にサービスを提供するベンダーが増え、飲食店での導入も加速しました。コロナ禍が落ち着いた後も、導入する飲食店が増え続けていくと思います。モバイルオーダーによって、オーダー方法の選択肢が増えたことは、大きなメリットではないでしょうか。
中村そうですね。コロナ禍で多くの人が、テイクアウトやデリバリーの注文をオンラインで行いました。そこで便利さを実感したからこそ、忙しい店員を呼んで注文する面倒さに耐え切れなくなっています。今後、モバイルオーダーのない世界には、戻れないでしょう。
菅野3年後くらいには、AIを搭載したモバイルオーダーが「そろそろお水どうですか」と聞く時代がくるかもしれません(笑)。
中村僕は「2030年問題」がモバイルオーダーの浸透に大きく関係するのではないかと思っています。
現在、物流の人手不足の問題として「2024年問題」が注目されています。それと同じことが2030年の飲食業界でも起こる可能性が高いです。今でも、退職者が相次いでいるだけでなく、若手が入ってこなくなっているので、今まで当たり前のようにできていた人によるサービスができなくなり、ホスピタリティあふれるサービスの実現が難しくなってきています。だからこそ、テクノロジーでできることはテクノロジーに任せていかないと、今後、飲食業界そのものの成立が厳しくなるでしょう。
一方で消費者の要望はどんどんエスカレートしています。そもそも今よりサービスが劣化して当たり前と考える人はいませんから。モバイルオーダーのようなシステムを導入しないとお客様の不満はたまり、現場のスタッフはそれにストレスを感じて辞めていく、という悪循環に陥ってしまうと考えています。
菅野変化を自分ごとと捉えないと、飲食店の営業はきつくなるばかりですね。
中村モバイルオーダーは新規参入も増えていますが、すでに撤退を決めたベンダーも増えています。
モバイルオーダーは決して簡単ではありません。当社もトレタO/Xを通して痛感していますが、サービスを店舗に導入する際は現場はもちろん、経営者にも大きな労力が掛かります。ホールスタッフのオペレーションが変わるし、教育も変えなくてはいけませんから。そこまで見据えた上で、しっかりとした信念と覚悟を持って参入しないと、サービスの継続は難しいでしょう。実際、そうした思いを持っていないベンダーから、撤退しているように感じます。
菅野そうですね。違う業界から部署だけ独立させて参入すると痛い目をみると思います。
私が感じているのは、飲食業界の特殊性を踏まえた、サポート体制の重要性です。飲食店は24時間365日営業しているところもあるので、自分たちもそれに合わせた体制を整え、コールセンターは使わずに社員が24時間対応できるようにしています。
中村モバイルオーダーがお客様の使うサービスであるという点も、参入障壁を高めていると感じています。BtoBの業務ツールは、多少使いづらくてもスタッフの方に習熟していただければどうにかなります。
一方で、モバイルオーダーの場合、お客様は着席した後、何のトレーニングもしないまま、いきなり使いこなさなければなりません。飲食店のリピーターは繁盛店で25~30%です。つまり、どんなに繁盛店であっても7割は新規客だということです。その方々にQRコードを読み込んでいただいて注文していただくのは、結構、難易度が高いと思います。
それを踏まえて、モバイルオーダーを開発するのなら、いかにお客様が迷わずに使えるかということに、本気で向き合わないといけません。僕は、そこがモバイルオーダーの肝だと思います。
菅野その意味でいうと、モバイルオーダーは、ある種のゲームだと思っています。ゲームのアプリは説明書を読まなくても、直感でできるように開発されています。それと同じ考えが、モバイルオーダーの開発には欠かせないのではないでしょうか。
中村確かに、そのアプローチは大事ですね。アプリラボさんのモバイルオーダーの画面は、紙のメニューそのものを再現しているから迷いようがありません。僕らは少し違っていて、「Netflix」や「Apple Music」のように、スマホで動画を見たり、音楽を聞いたりするのと同じ感覚で操作できるようなUIを実現しています。
菅野モバイルオーダーを導入するに当たっては、何のために導入したいのかを考えることが重要だと思います。中村さんは、どのような視点が大切だとお考えですか。
中村モバイルオーダーを導入すると、効率化が図れる反面、おもてなしが失われると思われがちですが、それは違います。モバイルオーダーを導入して、オーダーテイクの業務が減った分、他のおもてなしに時間を取れるでしょう。あるいは、お客様が「すみません」とホールスタッフを呼んで対応を待つというストレスをなくす改善もおもてなしですし、リッチなデジタルメニューによってお料理の魅力を伝えることもおもてなしの一環だと言えます。つまり、おもてなしをもっと良くするために活用するのが、モバイルオーダーであるのです。
菅野どのモバイルオーダーも、長所も短所もありますが、サービスを提供する企業を見ることが重要だと思っています。入れたら終わりで、あとはマニュアル読んでくださいではなく、継続的にサポートしてくれるパートナーを見つけることが重要です。
中村今までは、何社かの相見積を取って、価格と機能の比較表を見て、一番お得なサービスを選ぶのがITツール導入の一般的な進め方でした。しかし、これからのDXにおいては、お得な買物の感覚でサービスを選ぶと、必ずといっていいほど失敗します。システム導入はDXのスタート地点であり、そこからベンダーと二人三脚で成果を出していくのが成功の鍵。結婚相手を見つけるのと同じようにパートナーを選んでいただきたいです。
菅野同感です。われわれはシステムを売っていますが、人で売りたいと思っています。スペックや機能、価格ではなく、われわれをパートナーとして選んでほしいのです。その上で、パートナーとして一緒に、オペレーションや店舗の質を高めていきたいと考えています。
中村そのためには現場任せにするのではなく、経営者もサービスの選定に関わってほしいですね。現場はお店を守ることがミッションですから、既存のオペレーションを変えず、できるだけ今までのやり方を維持しようと考える傾向が強いものです。利益を出すためにコストも抑えようと考えているので、オペレーション変化が小さく、より安価なシステムを選んでしまいがちです。しかし、それでは大きな変化を起こすことができず、結局は成果が出ないということになりかねません。だから経営者がしっかりコミットし、現場に積極的に変化を促していくことが重要なのです。
菅野自社の文化や歴史、ビジョンなどを分かっている経営者が、最終判断を下すことが重要ですね。逆にいえば、われわれベンダーの営業も、クライアントの事業を理解した上で、自社のサービスとの相性を語れないといけません。
中村これまでトレタ予約台帳では、さまざまなサービスとの連携を進めてきました。しかし最近、そうした連携に疑問を感じ始めています。連携したから成果が出ているかというと、そうともいえないからです。
そもそも大前提として、現在の飲食店向けの業務ツールは単機能をデジタル化したサービスが多く、業務を細分化したままデジタル化している状況があります。しかしそれだと各業務がバラバラのまま個別最適でデジタル化が進むこととなり、全体最適が進みません。
だからこそ、各サービスの連携の重要性がうたわれていますが、はっきりといってしまうと、それぞれのベンダーがバラバラに開発したサービスを部分的につないだとしても、そんなに大きくは変わりません。デジタル化の基本は「一元化」。業務ツールも一元化して、あらゆる業務やデータをワンストップでシステム化しなければ、本当の意味で、大きな成果は出ないと感じています。
菅野そうですね。一社が全て手掛けるのが理想的なのは間違いありません。しかし、うちをはじめ、それがなかなか難しいのも事実です。K1くんは、もともとタイムカードから始まって、シフト、給与計算、インフォマートと連携しての仕入れ、さらに、POSレジ、モバイルオーダーへとサービスを広げてきました。
しかし、実をいうと、予約台帳に関しては、紙の方が便利だと思っていました。K1くんに予約台帳の機能がないのは、そのためです。そんな中で、トレタさんを筆頭にいろいろな予約台帳が出てきて、自分の考えが間違っていたことに気付きました。とはいえ、今さら一から開発するのはなかなか大変です。そこで予約についてはトレタさんとの連携がベストだと考えました。
中村ありがとうございます。
ただ、これからDXを推進していくには、それぞれのサービスにたまっているデータを一つにまとめていくような連携が必要だと思っています。
菅野極端にいえば、マイナンバーのような感じですか。
中村そうです。その実現のためには、システムを開発している企業同士が表面的に連携するのではなく、会社として一緒になることも必要かもしれません。これから3、4年で、そうした企業の合併や買収が進むのではないかと思っています。それによってサービスの一体化が進んでいけば、飲食店にとってもより使いやすく、分かりやすいツールが実現するのではないでしょうか。
現在、日本の飲食店のDX投資はまだまだ低水準です。欧米の会社では、平均して売上の6%くらいをDXに投資していると言われています。しかし、日本は全産業の平均が売上の2%。外食企業に至っては1%にも満たないと言われています。もっと投資額が伸びてこないことには、先に進まない状況です。
菅野今、採用に掛けているコストをテクノロジーの投資に掛けるとか、そういう変化がないといけませんね。
中村コストでいうと、モバイルオーダーを入れると30%だった人件費が20%に下がったりします。その削減できたコストを新しいテクノロジーの投資に回して、利益が上がったら、さらに投資を加速させていくような思考が必要でしょう。
トレタのクライアントの、とある飲食企業のトップの方にモバイルオーダーを導入する目的を聞いたところ、「モバイルオーダーは手段であり、PL構造を変えることが目的だ」という答えが返ってきました。今のPL構造を変えずに、追加予算としてテクノロジーに投資しようとしても無理が生じます。
そもそも、費用対効果という発想を持たずにテクノロジーに投資をしても、成果は上がらないでしょう。飲食店は、ただでさえコスト構造が厳しい状況にあります。そこに単純にテクノロジーの投資が上乗せされたらそのコストが重荷になりますので、ベンダーに対する値引き交渉をしなければなりません。しかし値引きをすればするほど、導入した後にベンダーからの手厚いサポートを得づらくなるという悪循環に陥ってしまいます。
しかし、テクノロジー導入で成功している飲食企業は違います。費用対効果を意識して、いくらでシステムを導入していくらの成果を出すのかを明確化し、値引き交渉をしない代わりにシステム会社にしっかり仕事をさせて、コスト削減や売上アップ、利益率改善など、期待した大きな成果を出しています。
つまり、何をいいたいかというと、テクノロジーの活用はコストではなく、投資だという視点を持たないと、次のフェーズに進んでいけないということです。
菅野そうですね。考え方や価値観を大きく変える必要があります。付加価値を高めて利益を出し、次の投資につなげていく。そのサイクルをつくるためにも、DXが必須なのですね。
中村これまでも、時代の変わり目で、新しいシステムなどの可能性にいち早く気付いて、それを積極的に使いこなしてきた飲食企業が業界のトップを走り続けてきました。
現在は、まさに時代の大きな転換点です。だからこそ、DXに積極的に投資した企業が10年後、20年後の業界のトップにいると思っています。